1930年 7月3日 深作欣二氏誕生日
茨城大学教育学部附属中学校を卒業。水戸第一高等学校卒業後、日本大学藝術学部卒業。
1953年、東映に入社。
1961年、『風来坊探偵・赤い谷の惨劇』(千葉真一主演)で監督デビュー。『誇り高き挑戦』(鶴田浩二主演)で注目される。以後、『ジャコ萬と鉄』、『軍旗はためく下に』などの秀作を発表。
1970年、日米合作の大作『トラ・トラ・トラ!』の日本側監督を黒澤明が降板したため、後任となった舛田利雄から懇願され共同監督を引き受ける。
1973年から始まった『仁義なき戦い』(脚本笠原和夫、主演菅原文太)シリーズは、映画史に残る大ブームとなり、「実録映画」の第一人者の地位を不動のものとする。その後もTVドラマ『傷だらけの天使』(2本を監督)、映画『柳生一族の陰謀』、『蒲田行進曲』、『バトル・ロワイアル』など発表する作品の多くが話題作となる。
『ガンマー第3号 宇宙大作戦』はMGM配給で、『宇宙からのメッセージ』はユナイト映画配給でそれぞれ米国で公開された。また、『バトル・ロワイアル』はフランスやイギリスなど海外でも注目をひき、香港では興行成績1位を記録した。アクション映画の監督と見られがちであるが、小松左京原作の『復活の日』、檀一雄原作の『火宅の人』を映像化するなど、取り上げるテーマは幅広い。
1997年、紫綬褒章受章。
2002年中はカプコンのPS2ゲーム『クロックタワー3』のイベントCGムービーの監督として撮影(モーションキャプチャー収録)、これを撮り終えた(撮り終えたという意味ではこちらが遺作である)。
2003年1月12日、前立腺がんのため死去、72歳没。後に勲四等旭日小綬章を贈られた。
また、未完だった遺作『バトル・ロワイアルII 【鎮魂歌】』の監督は、プロデューサーを務めていた息子の深作健太に引き継がれた。
暴力的な作品を撮る映画監督というイメージが強いが、本人が戦争という巨大な暴力を体験したことをきっかけに、暴力を描くことで暴力を否定しようという考えが根底にあり、決して暴力を肯定していたわけではない。
だからこそ、様々な批判を受けても、最後まで作風を変えなかったと思われる。
また、『柳生一族の陰謀』や『魔界転生』といった時代劇、『おもちゃ』のような文芸作品からSFまで、幅広い作品を残している。
これらの作品は国内のみならず、海外からも好評であり、クエンティン・タランティーノやジョン・ウーなどの著名な監督らが、彼を崇拝していることを明言している。
なお、全フィルモグラフィーのうち、『おもちゃ』以外の全ての作品で人が死ぬシーンがあり、死について生涯こだわり続けたことがうかがえる。